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お役立ち情報 vol.15.1


口腔ケアや健康についての情報を提供してまいります。

お役立ち情報

10. 健康の格差と8020運動

社会格差と健康の格差

近年、社会格差によって健康の格差が生まれ、反対にこれを是正した社会では健康の格差は最小化されて、人々の健康状態は改善される、ということが論じられています。

イギリスのマーモットによると、日本人の平均寿命が長い理由として、イギリスに比べて所得格差が少ないことを挙げています1)
しかしながら、日本は1980年代まで「貧富の差がなくほとんどが中流」という意識を持っていましたが、それ以降は貧富の差が拡大してきており、今後の平均寿命や健康寿命の推移が気になります。

さらに、カワチやダニエルズらによる、「社会格差(社会経済的な格差)が健康に悪い影響を与えている」という考え方2)があり、例えば、所得が高いことばかりが健康に良いのでなく、人々の所得が平等である社会に住むことが健康に良く、健康の格差は公衆衛生上の主要な問題である、と述べています。さらに、健康が公平に得られる社会(健康の正義)は、ロールズ注1)の「正義論」注2)に合致するものとしています。

これらのことから、現在の保健医療を[図1]のように「川の流れ」にたとえると、川の下流で対応しているのが現在の状況ですが、それより前の段階、すなわち川の上流である健康の社会的決定要因に対応することが大切である3)と言えます。

注1)ロールズ(John Rawls:1921年-2002年)…アメリカの代表的な政治哲学者、道徳哲学者。
注2)「正議論」(J.Rawls著:1971年刊)…「自由で平等な人々に対して、基礎的自由と機会が平等であること」とする考え。

健康な社会の決定要因

健康の格差を決める社会的な決定要因と、その格差を縮小するための対策として、次のようなことが挙げられています 2)[図2]

注3)ジニ係数 … 所得分配の不平等さを表わす指標の1つ

歯の健康水準と職種差

職種と歯の健康水準に関する調査 4)5)が行なわれています。(名古屋市とその近郊に勤務する20~69歳男性の産業従業員1,600名を対象)[図3]及び[図4]は、厚生労働省の職業分類(1999年改訂版)から「保安」と「農林漁業」を除く7つの大分類について、歯や歯周組織の健康状態を調べた結果です。これらから、職業差も歯の健康水準に関係していることがわかりました。

健康の格差解消と8020運動

人々の健康の格差はさまざまな決定要因があり、その解消への取り組みは容易ではありません。そのことを考えるとき、次の2つのことが思い出されます。
1つは、WHOのアルマ・アタ宣言(1978年)の宣言文(Ⅱ)で、「人々の健康状態に関しては存在している大きな格差、特に先進国と開発途上国間の格差は、国内のそれと同様、政治的、社会的、経済的に容認できないものであり、それゆえすべての国に共通の関心事である」(大谷藤郎訳)6)という認識のもと、「西暦2000年までに、世界中のすべての人々の健康を」という目標が打ち出されています。これは医療の南北問題の解消を目指すものと考えられます。

もう1つは、わが国の「健康日本21 」(2000年)において「目標値」というものを参考にしたアメリカの「Healthy People 2010」(2000年)には2つの中心目標が掲げられていました。それは、「健康寿命の延伸」と「健康格差(不均衡)解消」 の2つです。
健康日本21では「目標値」は導入されましたが、「健康の格差解消」についてはなぜか取り入れられませんでした。(その後、2012年の新しい健康日本21の策定では、健康格差の縮小が考えられています。)

しかしながら、公衆衛生のこれまでの取り組みは、近年のさまざまな「健康の格差論」よりはるか以前からその解消に努力してきた歴史とも言えます。
いいかえれば、8020運動は健康の格差、さらに社会の格差に挑む運動であると言えます。

中垣晴男 著:日本歯科評論 通刊第804号 「8020と健康科学」、
株式会社ヒョーロン・パブリッシャーズ、 2009年 より

文献
  1. 1)Marmot M, Smith GD: Why are the Japanese living longer? BMJ, 299: 1547-1551, 1989.
  2. 2)ダニエル N, ケネディ BP, カワチ I(児玉 聡 監訳):健康格差と正義, 公衆衛生に挑むロールズ哲学, 勁草書房, 東京, 2008.
  3. 3)McKinlay: A case for refocusing upstream (Day B, Watt et al: Essential Dental Public Health), p139, Oxford, 2002.
  4. 4)Morita I, Nakagaki H, Yoshii S, et al: Is there a gradient by job classification in dental status in Japanese men?, Eur J Oral Sci, 115: 275-279, 2007.
  5. 5)Morita I, Nakagaki H, Yoshii S, et al: Gradients in periodontal status in Japanese employed meles. J Clin Periodontol, 34: 952-956, 2007.
  6. 6)大谷藤郎:21世紀健康への展望-医療・健康づくり, プライマリヘルスケアを考える.メヂカルフレンド社, 東京, 1980.

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