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デントレ通信.vol16.2

シリーズ:8020と健康科学

12. 近年の健康観と8020運動、8020研究の今後

近年、「健康」に対する考え方は、社会的要因と関わり合いながら、個人の「しあわせ感」や「生きがい感」を最重視するようになっています。
今回は、このシリーズの最終回として、健康に対する近年の考え方、8020運動とその意義や8020研究の方向性について考えたいと思います。


WHO憲章における「健康の定義」の改正案

1998年のWHO執行理事会においてWHO憲章の見直し作業が行われ、有名な「健康の定義」を次のように改めることが議論されました。

執行理事会では賛成多数により総会の議題とすることが採択されましたが、総会では「現行の憲章は適切に機能している。早急に審議する必要性が低い。」との判断から審議されず、今後は事務局長が見直ししていくとされました。同理事会では、spiritual(スピリチュアル=精神性、霊的、敬虔、信条)は人間の尊厳の確保やQOLを考えるために必要な本質的なものであるという意見と、健康の定義の変更は基本的な問題であるのでもっと議論が必要でないかという意見が出されました。また、dynamicについて「健康と疾病は連続したもの」と意味づける発言もなされ 1),2),3)、従来の健康の概念を見直す必要性は認めながらも、現状のままでとなりました。

この「スピリチュアル」の追加の議論は、総会に提出されるまで日本人初のWHO事務局長であった中嶋宏先生(任期:1988年〜1998年)の意思だったとも言えます。中嶋先生は、スピリチュアルの意味を「優しい心を創り育てる」ためのものであると考え、現在多くの国で抱えている難民問題や地域紛争を念頭に、「強い国家が弱い個人を助けるのは限界が来ている」「強い個人が自立し、お互いが優しい心で助け合うことが健康な共同体をつくる」「そのためにスピリチュアルが必要と考えた」と述べて 3)、これからの健康は"優しさ"や"個人の生きがい"や"信条"が重要であると示しました。
これは、このシリーズの第2回でお伝えした「前向き姿勢(SOC)」や「思いやりの心(向社会的行動)」と関連する考え方と受けとめることができます。


健康観の転換と健康のウェルフェア理論

近年、"健康は病気がないことだけを意味するのではない"という見方が強くなっています。そのことに関して、[表1]で幾つかの理論をご紹介します。


これらのことから、近年の健康観は社会的要因と関わり合いながら、個人の"しあわせ感"や"生きがい感"をより大切にするようになっていると言えます。


8020運動は生きがいのある楽しい人生づくり

一方、歯や口腔の健康とは、ロッカー(Locker,1988) 8)によれば、"口腔に疾病がないだけでなく、機能的、社会的、心理的により良い状態(well-being)"だと考えられています。[図1]は、森田らが日帰り介護施設(デイサービスセンター)の利用者に対して生活食事状況と嚥下機能(※注1)の関係を調査したものですが、嚥下状態が良好な人は移動が自由にできること、食堂で普通に食べられること、さらによく笑うことと強く関係していました。

(※注1)反復唾液嚥下テスト(RSST)による


したがって[図2]のように、食事が摂れ、嚥下ができ、味が楽しめ、歌が歌え、家族や友人との会話が楽しめ、顔の表情が美しく、魅力的であることなど、"歯や口腔の機能がより良い状態である"ことは、生きがいのある楽しい人生を過ごす支援をすることができると言えます。


8020研究の将来方向(結び)

近年、8020に関する研究は世界に発信されるようになってきました。これまで様々な観点でお伝えしましたように、1989年にスタートした8020運動は世界最長寿の国・日本発のヘルスプロモーションとして、またそれを歯科から発信したものとしてすばらしい運動です。今後は、さらに小児期からの活動と連携した研究や活動、また世界的な運動としての"Eighty-Twenty Campaign"がますます発展することを祈念して、本シリーズを終わりたいと思います。(完)


中垣晴男 著:日本歯科評論
通刊第806号 「8020と健康科学」、
株式会社ヒョーロン・パブリッシャーズ、 2009年 より

文献
1) 厚生省: WHO憲章における「健康」の定義の改正案について.
http://www1.mhlw.go.jp/houdou/1103/h0319-1_6.html.
2) 中垣晴男ほか編: 臨床家のための口腔衛生学(第4版). P19, 31, 永末書店, 京都, 2009.
3) 本山カヲル: 健康と霊性−WHO(世界保健機関)の問題提起にこたえて−, 宗教心理出版, 東京, 2001.
4) Cmich DE: Theoretical perspectives of holistic health. Journal of School Health, 54:30-32, 1984. (中川和弘:ホリスティック・ヘルスの概念と問題点, 健康観の転換(園田・川田編), p51-70, 東京大学出版, 東京, 1995.)
5) 園田恭一: 新しい健康理論の意味と意義,健康観の転換(園田・川田編), p1-14, 東京大学出版,東京, 1995.
6) Nordenfelt L(石渡隆司ほか監訳): 健康の本質. 時空出版, 東京, 2003.
7) Ewles L and Simnett L: Promoting health:a practical guide to health education. Balliere Tindall, London, 1999.
(中垣晴男ほか編:臨床家のための口腔衛生学(第4版). p23, 永末書店, 京都, 2009. )
8) Locker D: Measuring oral health: a conceptual framework. Community Dental Health, 5:3-18, 1988.
9) 森田一三ほか:日帰り介護施設(デイサービスセンター)の利用者の生活食状況と嚥下機能の関係. 日本公衛誌, 50:456-463, 2003.



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